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和太鼓

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伝統なんて知らない。

2014-02-20
伝統って何だ。

先日伝統芸能のイベントに行く機会があって、そのバックの演奏に伝統楽器と、ドラムやカホンのバックバンドが出ていて、強烈な違和感を覚えた。
伝統芸能を守り抜いてますと言わんばかりの団体で起きた事だ。

今日、いわゆる伝統芸能がいろんなモノとコラボレーションする事は当たり前の様に行われている。
和楽器が海外のジャンルを取り入れたり、その楽器を駆使してみたり、あるいは海外の人とコラボしたり。

でもその事に対して非常に僕は疑問がある。

なんで伝統を大事にするのならば外に出て行く必要があるのか。その思想や技を守って行く意思があるのならそんな事をする必要は無い。
もっともっと自分とその芸能を磨き上げて、角を取って寸分違わぬ円にすべきではないのかと。
伝統芸能なんてモノはじいさんばあさんになってようやく本質に入ってくる。今まで個人を押し殺して、そのジャンルに捧げ、そこからようやく少しだけ滲み出る個性がその人の美しさ、そしてその芸能の先端になっていくのではないか。そしてその人間が死んだ時に、その塵が積み重なって、その土の上に新芽が生えてくる。もちろん時代の移り変わりから廃れて行くのを食い止めたいってのはわかるけども、もっと自分が大きな流れにいて、過去何十年何百年の中で塵の様に小さく、しかし大切な一部であるって気持ちでいないとダメなんじゃないか。

つらつらと書いたが、僕は別に伝統芸能が嫌いな訳じゃない。だけど本当に死ぬほど大ッ嫌いなのは、他ジャンルの物を積極的に取り入れてそれでいて『私は伝統芸能をやっております』とふんぞり返っている奴らだ。
もうあんたがやってる事ってそれは伝統じゃないんじゃない?って思う。

で、そういう人に限って、更に新しいことが出て来た時、それを排除しようとする。『自分達の守っている伝統が穢された、あいつは邪道だ』っつって。でも自分より先の人がそれを世界とかで認められて帰って来た時にコロッと手の平を返す。『それもありだよね。』自分より上の人があれはいいねと言った時に鵜呑みにしてしまう。『それもありだよね。』って。

なんと脆弱な事か。

本当に伝統をやっている自覚があるのなら守り抜けよ。

だから見向きもされなくなるんだよ、オーラだってなくなるし。そういう風な流れを辿っている伝統芸能のなんと多い事か。そのジャンルが本当に素晴らしくて、誇りに思えるのなら、時代に流されずに棹を差して、しがみつけばいいのに。一時の嵐に流されなくていいのに。その場所にいれば、嵐が過ぎ去って晴れ間がのぞいた時にまた積み上げて行けるのに。もう晴れた時には全然違う場所にいるぞ。


っていう文句がすっごいあるので、別に僕は伝統芸能の和太鼓を打つつもりはないし、名乗らない。別に日本の伝統に貢献するつもりはない(好きだけど)。和太鼓って楽器が好きで、あと音楽が好きだから、そして自分の中でしっくりきたから和太鼓を『使っている』だけであって、もっとしっくりくる物があれば全然他の物でもいい(まあないだろうけど)。
もっと、伝統とか肩肘張らずに楽しめばいいのにな。いや、楽しんでる人もいるだろうけど、表現としてはあんまりいない気がする。和太鼓だったらさっきの伝統を背負ってる感だったり、あと論外だけどわけのわかんないエクササイズとかダイエットとかでばばあに使われてたり。

もっとみんなが過去から、文脈から離れてその楽器の音とかで新しい物を積み上げて行けばいいのに。そしたらもう自分の生き様でしかないんだから滲み出るでしょうよ。それは伝統だけじゃなくてロックとかジャズにも言えると思うな。

もちろんそのジャンルに救われたとか、若いから伝統守りたいけど、変な事もしたいってのは人としてすごく好きな部分なんだけど、もう少し考えた方がいいと思う。自分のやってる事は『属する』のか『属さないもの』になりたいのか。

僕は属するのは性に合わないので、新しい物を作って行きたい。自分が良ければそれでいい。お金にならなくてもいい。でも、バカにされてその後で見返してやりたいから、和太鼓にエフェクターかましてバカみたいに大金を稼いでみたいってのはある、でフォロワーが出来たら60年ぐらいの歴史の和太鼓の形式を昔からある様に偉そうに振る舞ってるバカどもに言ってやりたい。

『ざまーみろ!』っつって。


鼓次郎
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怒濤の皐月

2013-05-21
こんばんは。鼓次郎です。

五月晴れが続いて気持ちいいなと思っていた矢先にこの雨です。
気温も上げ下げが厳しいので体調を皆さん崩しがちですが頑張っていきましょう。

さて、私は五月、怒濤のライブラッシュが終わり、今一息やっとつけました。
今月は4回ライブをさせて頂きました。
当初は三回の予定が、お誘いいただき、四回目が出来る事に!

いやぁ、楽しかったです、反面自分の未熟さもガツンガツンと思い知らされ、久しぶりにまさにときめきメモリアルな月でした。まだ終わってないけど。

始めてのライブが終わって、一人はやっぱり寂しいなあと思う反面、一人じゃないと出会えなかった人にいっぱい出会えてよかったなぁというのが強いです。

改めて思ったのは、やっぱり太鼓が好きだなあという事。
表現て、音楽って自由だなあという事。
そして何より、人に会いたいから、知って欲しいから音楽をやりたいし、太鼓をやりたいのだなと思っている次第です。
ときどき(というかよく)自分一人が良ければ、自分の中に入り込んでしまって、人の事なんて知るか!という気持ちで太鼓を打ってしまう時があります。
もちろんそういう時間も大切ですが、なんだかそういうライブって気持ち良くない。
やっぱり自分のMCとか太鼓で、人が笑ってくれるのが一番気持ちいい訳です。

アダルトビデオなどでよく女優のかたのオ○ニーシーンなどがありますが、僕あれ嫌いです。
いや、あれはあれでいいのか。
オ○ニーしている人も多分自分の事を知って欲しいのだと思います。
この世にS○Xがなければオ○ニーという行為はなかったのだろうと思うので、やっぱり人とつながるS○Xメインで考えるべきなのだろうと思いました。

(あれ、なんでこんな話してるんだ。っまあいいか。)


だから自分はもっと人に自分の太鼓を魅せるってより、人と話すようなライブがしたいなあ。
自然体で、人と、自分と、太鼓と、しこにある全てと話せるような太鼓が打ちたいなぁ、じゃなきゃ損だなと感じた今月でした。

これからも精進していくので皆様ぜひライブを見に来てやって下さい。

みなさんに会いたいです。


さあ!来月ももうライブが3本決まっております!
■6/8 吉祥寺Fourth Floor
■6/19 高円寺ペンギンハウス
■6/30 吉祥寺Fourth Floor

だいたい18時位からだと思います。詳細はまた後ほど!
来月からはさらに都心にも進出していこうと目論んでおりますふふふ!

ではまた。

鼓次郎

打ち初め

2013-04-22
 え~、お初にお目にかかります。"和太鼓人間"の鼓次郎と申します。
ライブ情報、近況などをお伝えすべくこの『うぇぶさいと』なるものを立ち上げてみた訳であります。
何ぶん機械も文章も頭も全てが弱いので拙いものとなってしまうかもしれませんが、よろしくおねがいします。

最初の文章なのでわたしのプロフィールをひとつ書いてみましょうか。

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”和太鼓人間”鼓次郎
1989年兵庫県に生まれる。上京後、某美術大学で美術を学ぶ・・・と見せかけて和太鼓に打ち込むのであります。団体活動(組太鼓)に励むも、和太鼓の可能性をさらに引き出すべくソロ活動を始めた次第です。『和太鼓を形、身体ではなく、心で打つ』を信条に、ジャンル・タブー無し!電子機器あり!楽器なんでもあり!の和太鼓の脇道を突き進んでおります。和太鼓の”和”は”和風”に在らずなのです。一風変わった和太鼓をお楽しみに!

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とまぁ一応こういった感じでやっております。
とにかく和太鼓が好きなんですね。これしかねぇという感じで。とりあえず今は和太鼓以外なんもないです。

 話は変わりますが、一般の方が思い浮かべるイメージの和太鼓って
『ふんどし、ねじり鉢巻、法被、筋肉隆々、男、男、漢!!!!!!』
みたいな物が多いと思います。まぁあながち間違ってない部分もあるのかもしれませんが、そもそもこういった文化が起こったのがここ何十年ぐらいなんです。

あと、そもそも和太鼓は芸術にしても祭りにしても何かの伴奏と言うか、二の次の引き立て役だったり(役割的にはかなり重要ですが)表立って出てくる楽器ではなかったのです。

それを舞台にあげ、一気にジャンルの開拓をしたのが『鬼太鼓座』(現・『鼓童』)という佐渡島の太鼓チームで、今流行の『組太鼓』というジャンルはここから始まった訳です。彼らはそれまでの『伝統芸能としての和太鼓』も『祭り囃子としての太鼓』も『儀式、地方行事としての和太鼓』も全てのいいとこを取りつつ、新しいものも放り込み、価値観として和太鼓の地位を固めて行ったのです。
これはとてもすばらしいことです。

しかしまあこれを踏まえた上で今日一番書きたい事を書きますよ。
いいですか、上記の事を踏まえた上でですよ。


わたしはこういう和太鼓を壊したいのですよ!!!



絶対みんなが一糸乱れぬ形で動きを揃え、ハチマキ、ふんどしで打つという事はしたくないのです。
別にこういうのを見るのが大嫌い嫌いな訳ではありませんが、自分がやっている姿に誇りが持てない。
和太鼓で一番大切なのは『精神の土壌』だと思っているので、決まった風土、祭り、神の信仰、その他諸々バックボーンがないと芸能というものは成り立たない、、、というよりもある一定の所を突き抜けられないと思うのです。
わたしの精神の土壌は伝統芸能とか、男気あふれる太鼓とか、そういったものに適していないので、だからやりたくないわけです。

 そしてなぜ壊したいかというと、今の和太鼓の世界というのは一種の安定期に入っています。いや、安定していると皆が思い込んでいる。安定して伸びている、、、と。
でもそれがそもそもおかしいと思うのです。すでに書きましたが、そもそも今の組太鼓の形が生まれたのがたった何十年の間。その間にジャンルが安定するという事はあり得ない訳です。寧ろ今からが面白い所、混沌とか波乱が起こっていいはずなのに、皆お手本を見つけ、その人に近づこうとしている。
いや、それ自体はいいんですが、もう少し新しい可能性を求めて和太鼓を打つ人間がいてもいいんじゃないのかなぁ~と、わたしは思っている訳です。
この思考の停止した状態を続けていると今の和太鼓ピンチなんじゃねえのかよと思っています。

とかまあこんな話はしましたが、
とにかくわたしは和太鼓が好きで仕方がない訳です。わたしの中では和太鼓の伝統とかそういう事を考えるよりも、追求して何処まで和太鼓と自分で表現の奥の奥まで潜ってゆけるかの方が大切で、その為になら伝統も壊していこうじゃないかと。そう思っている訳です。

長くなりましたがこんな事も考えつつ、時にはふざけて、皆さんにおもしろいと思わせ、元気と思考をお送りできたらと思っています。

さて、ライブも決まっているのでこれからやるぞ~!

鼓次郎
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